名古屋生まれの韓国イケメン「イ・ジョンフ」の父親や日本球界入りの可能性を徹底検証【WBC】

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WBC 2026の韓国戦で「イケメンすぎる!」とSNSが一気に沸いた選手がいます。

その名はイ・ジョンフ(李政厚/Lee Jung-hoo/이정후)さん。

MLB・サンフランシスコ・ジャイアンツ所属の外野手で、端正なルックスと高い技術力を兼ね備えたスーパースターです。

ところが、実は彼が日本・名古屋市生まれであることをご存知でしょうか。

まじか!と思う方もいらっしゃるかと思います。

実はお父さんもプロ野球の選手であるというイジョンフさん。

これだけ日本に縁があるのなら気になるのは日本でプレーするのかどうか?

こんなイケメン日本に来てくれたら最高ですよね!

そこでここでは皆さんが気になっている

「なぜ名古屋生まれなのか?」

「日本での思い出ってあるの?」

「父親はどんな選手?」

「いつか日本でプレーするの?」という疑問点について徹底調査してまとめてみましたのご覧ください。

Mayu
Mayu

名古屋生まれで父親も日本でプレーした選手…
日本ファンには刺さるエピソードが盛りだくさんです!
まとめてみましたのでご覧ください。

この記事を読んでわかる事

・イ・ジョンフ(Lee Jung-hoo/이정후)が名古屋生まれの理由
・父親イ・ジョンボム(李鍾範/Lee Jong-beom/이종범)について
・父子で刻んだKBO史上初の快挙
・イ・ジョンフが語った日本への思い
・日本球界(NPB)入りの可能性について


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WBCで注目の韓国イケメン「イ・ジョンフ」は名古屋生まれ

では、WBC 2026でいま最も話題の韓国代表・イ・ジョンフさんのプロフィールと出生の背景について紹介いたします。

イ・ジョンフ(李政厚/Lee Jung-hoo/이정후)さんは1998年8月20日、愛知県名古屋市で生まれた韓国人プロ野球選手です。

1歳当時父親に抱かれるイジョンフさん

現在はMLBのサンフランシスコ・ジャイアンツに所属する外野手で、右投左打。

WBC 2026では韓国代表として出場し、その卓越したプレーと端正なルックスから「イケメンすぎる」とSNSで一気に注目を集めました。

韓国での愛称は「バラムの孫(바람의 손자)」、日本語に訳すと「風の孫」です。

なぜ名古屋生まれなのか、その理由は父親の存在にあります。

父・イ・ジョンボム(李鍾範/Lee Jong-beom/이종범)さんが中日ドラゴンズに所属していた1998年に、名古屋市で誕生しました。

出生時の体重は3492gで、父親が中日を退団した2001年まで名古屋で育ったため、幼少期の3年間を日本で過ごしています。

・本名:李政厚(이정후)
・英語表記:Lee Jung-hoo / JH Lee
・生年月日:1998年8月20日
・出生地:愛知県名古屋市(韓国籍)
・出身地:大韓民国 光州広域市
・ポジション:外野手(センター)
・投打:右投左打
・所属:サンフランシスコ・ジャイアンツ(MLB)
・背番号:51
・愛称:風の孫(바람의 손자)

背番号51はイチロー選手へのリスペクトから選んだ番号です。

幼少期から憧れ続けたイチロー選手が2019年に引退を発表した際には、自身のインスタグラムに「Adieu 51」の言葉とともにイチローの写真を掲載したほどの熱狂的なファンでもあります。

また、プロ入り1年目(2017年)から韓国プロ野球KBOで新人王を獲得し、その後も首位打者・MVP・ゴールデングラブ賞など数々のタイトルを制覇。

2023年12月にサンフランシスコ・ジャイアンツと6年総額1億1300万ドル(約164億円)という大型契約を結び、MLB入りを果たしました。

Mayu
Mayu

名古屋生まれで背番号はイチローと同じ51番!
日本との縁がすごく深いんですね。それぞれ詳しく解説していきます。

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WBCで注目の韓国イケメン「イ・ジョンフ」の父親について

それでは、イ・ジョンフさんの父親・イ・ジョンボムさんについて詳しく見ていきましょう。

イ・ジョンフさんの父親は、イ・ジョンボム(李鍾範/Lee Jong-beom/이종범)さん。

韓国球界では「バラムの 아들(풍의 아들)」、日本語で「風の息子」という愛称で呼ばれた伝説的なプレーヤーです。

そして、息子のイ・ジョンフさんが「風の孫」と呼ばれるようになった由来でもあります。

父・イ・ジョンボムの中日ドラゴンズ時代

次に、父・イ・ジョンボムさんの中日ドラゴンズでの活躍について紹介いたします。

イ・ジョンボムさんは1998年から2001年途中まで、中日ドラゴンズでプレーしました。

当時の移籍金はなんと4億5000万円という高額契約で、「韓国のイチロー」とも称された実力者でした。

NPB在籍中の通算成績は以下のとおりです。

・在籍期間:1998年〜2001年途中
・出場試合:311試合
・打率:.261
・本塁打:27本
・打点:99
・盗塁:53個
・主な貢献:1999年リーグ優勝メンバー

スピードと技術を兼ね備えたプレースタイルで、名古屋のファンからも愛された選手でした。

ただし期待された成績には及ばなかった部分もあり、そのことが後に息子のイ・ジョンフさんの「中日でプレーしたい」という夢につながっていきます。

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父・イ・ジョンボムのKBO(韓国プロ野球)での活躍

父・イ・ジョンボムさんの韓国プロ野球での実績も、まさに伝説的なものでした。

ヘテ・タイガース(現・起亜タイガース)に1993年から1997年、そして中日退団後の2001年から2012年まで在籍しました。

KBO通算1797安打という輝かしい記録を残し、韓国球界40周年を記念した「KBO LEAGUE 40 LEGENDS」では3番目に多い得票数を記録するなど、韓国野球史に残るレジェンドです。

・KBO MVP:1994年
・首位打者:複数回受賞
・盗塁王:複数回受賞
・KBO通算:1797安打
・引退後:コーチ・解説者として活躍

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KBO史上初!父子でMVPを受賞した親子鷹エピソード

この親子には、韓国プロ野球史上に残る偉大な記録があります。

父・イ・ジョンボムさんが1994年にKBO MVPを受賞し、息子・イ・ジョンフさんが2022年にKBO MVPを受賞。KBO史上初の「父子MVP」という快挙を達成しました。

さらに首位打者のタイトルも親子で受賞しており、まさに「親子鷹」そのもの。

ちなみに父親は最初、息子が野球をやることに反対していたと言われています。

しかし最終的に認め、「右利きだけど左打ちでやれ」という条件を付けて指導しました。 その結果、イ・ジョンフさんは右投左打という今のスタイルを確立したのです。

豆知識として、イ・ジョンフさんと同じ1998年生まれの著名な野球選手といえば、日本代表エース・山本由伸投手(1998年8月17日生まれ)がいます。

奇しくも山本投手はロサンゼルス・ドジャース所属で、イ・ジョンフさんのサンフランシスコ・ジャイアンツとは同地区のライバル関係。運命的な因縁を感じずにはいられません。

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イ・ジョンフが語る日本の思い出

次に、イ・ジョンフさん自身が語る日本への思いについて紹介いたします。

幼少期の3年間を名古屋で過ごしたイ・ジョンフさんですが、2001年に父親が韓国へ帰国したため、記憶としては断片的な部分が多いと思われます。

しかし、日本との精神的なつながりは非常に深く、さまざまなインタビューや行動からそのことが伝わってきます。

イ・ジョンフの永遠の憧れ「イチロー」

イ・ジョンフさんが幼少期から憧れ続けた選手は、日本が誇るレジェンド・イチロー選手です。

野球を始めた小学生の頃、最初に見た打撃映像がイチロー選手のものでした。

以来、毎日イチロー選手の映像を見て練習を積み重ねたといいます。 背番号を入団1年目の41番から2年目に51番へ変更したのも、イチロー選手へのリスペクトが理由でした。

2024年のMLBスプリングトレーニングでは、所属するサンフランシスコ・ジャイアンツのボブ・メルビン監督の計らいにより、球団特別アドバイザーのイチローさんと直接対面する機会を得ました。

イ・ジョンフさんは試合の準備方法や試合の組み立て方をイチローさんに質問し、「短い会話だったが、良い答えをたくさん聞けた。とても幸せだ」と語っています。

日本の一流選手をロールモデルに

イ・ジョンフさんのロールモデルは、イチロー選手だけではありません。

福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手とオリックス・バファローズ(当時)の吉田正尚選手も、常にロールモデルとして名前を挙げています。

東京五輪前には「一番会ってみたかった選手」として柳田選手を指名したほどです。

柳田選手は後にメディアのインタビューで「ロールモデルに挙げてもらえたことは本当に栄誉なことだ」とコメントしており、日韓の一流選手が互いにリスペクトし合う関係が生まれています。

「中日ドラゴンズでプレーするのが夢でした」

イ・ジョンフさんが日本球界について語った、印象的なエピソードがあります。

FA資格取得後の海外移籍について問われたあるインタビューで、イ・ジョンフさんは迷わずこう答えました。

「中日ドラゴンズでした」

韓国国内では知名度が高いわけでもなく、外国人選手への投資も決して大きくないとされる中日ドラゴンズをなぜ選んだのか。

その理由は、父親の果たせなかった夢を自分が引き継ぎたいという気持ちでした。

父・イ・ジョンボムさんは中日での成績が期待ほど伸びず、悔しい思いを残したまま帰国しています。

イ・ジョンフさんはその父親の「雪辱を晴らしたい」「名誉を回復したい」という強い気持ちから、中日ドラゴンズの名前を挙げたのです。

名古屋で生まれ、父親が中日で戦った。その記憶と思いは、息子の心の中に今も生き続けているのかもしれません。

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イ・ジョンフの日本球界入りの可能性を徹底検証

それでは、多くのファンが気になるイ・ジョンフさんの日本球界(NPB)入りの可能性について検証していきましょう。

Mayu
Mayu

「いつか中日でプレーしてほしい!」というファンの声も多いようです。現実的な可能性を検証してみましょう!

現在の契約状況とオプトアウト条項

まず、イ・ジョンフさんの現在の契約状況を確認しておきましょう。

イ・ジョンフさんは2023年12月、サンフランシスコ・ジャイアンツと6年総額1億1300万ドル(約164億円)の契約を締結しています。

年俸は2024年700万ドル、2025年1600万ドル、2026年・2027年各2200万ドルというスケールです。

注目すべきは、4年目以降にオプトアウト(早期契約解除)が可能という条項が含まれている点です。

つまり早ければ2026年オフにも、イ・ジョンフさん自身の意思でジャイアンツを離れることができます。

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日本球界(NPB)入りの現実的な可能性

オプトアウトが可能になる2026年以降、日本球界入りはあり得るのでしょうか。

現実的に考えると、以下のような見方ができます。

【日本球界入りの可能性がある要因】
・中日ドラゴンズでプレーしたいという過去の発言
・名古屋生まれという特別な縁
・父親の雪辱を晴らしたいという強い思い
・日本の野球文化・選手への深いリスペクト
・オプトアウト条項により2026年以降に自由を得られる可能性

【日本球界入りが難しい要因】
・現在のMLB契約が2027年まで(最長2029年)
・MLBでの実績を積みたいという思いが優先される可能性
・年俸面で日本球界との差が大きい
・オプトアウトを行使しても次のMLB契約を目指す可能性が高い

過去に「中日でプレーするのが夢でした」と語ったのはMLB挑戦前のことで、現在はMLBでの挑戦が最優先となっています。

MLBで十分な実績を積んだ後、引退前のキャリア終盤に日本球界を選択する…という可能性は否定できませんが、現時点ではまずMLBでの活躍を続けることが最大の目標と思われます。

ただし、中日ファンの「いつかイ・ジョンフ選手に名古屋に帰ってきてほしい」という夢も、全くの空想ではないかもしれません。

父と息子、二代にわたる中日ドラゴンズとの縁が、いつか実を結ぶ日が来るかもしれません。

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イ・ジョンフと名古屋や日本との関連や父親についてまとめ

ここまでイ・ジョンフさんと日本・名古屋との関係、父親のこと、日本球界入りの可能性について紹介してきました。

では、記事内容について一覧にまとめたものがこちらとなります。

項目内容
本名(日本語)李政厚(イ・ジョンフ)
英語表記Lee Jung-hoo / JH Lee
韓国語表記이정후
生年月日1998年8月20日
出生地愛知県名古屋市(日本生まれ・韓国籍)
愛称風の孫(바람의 손자)
所属チームサンフランシスコ・ジャイアンツ(MLB)
背番号51(イチローへのリスペクト)
父親李鍾範(イ・ジョンボム/Lee Jong-beom/이종범)
父の日本在籍中日ドラゴンズ(1998〜2001年途中)
父の移籍金4億5000万円
父子の快挙KBO史上初の父子MVP(父1994年・息子2022年)
日本でプレーしたいチーム中日ドラゴンズ(過去のインタビューより)
現在の契約ジャイアンツと6年1億1300万ドル(〜2029年)
日本球界入りの可能性現時点では低いが、キャリア後半での可能性は否定できない

名古屋で生まれ、父親が「風の息子」として愛された中日ドラゴンズで活躍し、その父の背中を見て育った「風の孫」イ・ジョンフさん。

イチローへのリスペクト、日本の選手をロールモデルに据えてきた姿勢、そして「中日でプレーするのが夢でした」という言葉からも、日本野球への深い愛情が感じられます。

WBC 2026でその雄姿を見るたびに、名古屋との縁や父子の物語が重なり、より一層応援したくなるのではないでしょうか。

今後のイ・ジョンフ(Lee Jung-hoo/이정후)さんのMLBでの活躍と、いつか実現するかもしれない日本球界入りの夢に注目していきたいと思います。

Mayu
Mayu

名古屋生まれの韓国スーパースターがいつか中日でプレーする日を
多くの野球ファンが夢見ているようです

ここまで読んでいただきましてありがとうございます。

参考:李政厚 - Wikipedia

スポーツソウル日本版

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