テレビ朝日系『プラチナファミリー 華麗なる一家をのぞき見』で、築約250年・総敷地面積約1000坪という驚きの大豪邸が公開され、大きな話題となっています。
登場したのは愛知県名古屋市緑区有松に構える竹田嘉兵衛商店の8代目当主・竹田嘉兵衛さんと妹の中村俶子さん。

江戸時代から400年以上続く伝統工芸「有松・鳴海絞り」の名家として知られており、皇族や人間国宝も愛用する最高峰の絞り染め技術を受け継ぐご一家です。
竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんとはどのような人物なのか、と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
そこで竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんのプロフィールや経歴、家業である有松・鳴海絞りについて調査してみました。

wiki風にまとめてみましたのでご覧ください。
・竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんの大豪邸の詳細
・竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんのwikiプロフィール・経歴
・家業「有松・鳴海絞り」の歴史と特徴
竹田嘉兵衛と妹・中村俶子の堀の長い大豪邸が話題に(プラチナファミリー)
では、竹田嘉兵衛さんと妹・中村俶子さんの大豪邸について紹介いたします。
2026年4月7日放送のテレビ朝日系『プラチナファミリー 華麗なる一家をのぞき見』に、愛知県名古屋市緑区有松に構える竹田家の大豪邸が登場し、視聴者の間で大きな反響を呼んでいます。
番組で公開された豪邸のスペックが驚異的で、築約250年という歴史的建造物でありながら、総敷地面積は約1000坪、部屋数はなんと30部屋、さらに蔵が3つも備わっているという規模です。
堀のある長い外観は、まるで時代劇のセットのような圧倒的な存在感を放っており、「現代にこんな場所があったのか」と驚きの声が続出しています。
建物内には徳川将軍家ゆかりの茶室「栽松庵」も現存しており、14代将軍・徳川家茂が2度立ち寄ったという歴史的な逸話も残っています。
また名古屋市の指定有形文化財にも認定されており、単なる個人宅の枠を超えた文化財としての価値を持つ場所でもあります。
竹田家の豪邸は築約250年・総敷地面積約1000坪・30部屋・蔵3つという圧倒的なスケールを誇り、徳川将軍家ゆかりの茶室も現存する歴史的建造物です。

では次に竹田嘉兵衛さんと妹・中村俶子さんの
プロフィールや家業についても詳しく解説していきます!
竹田嘉兵衛と妹・中村俶子のwikiプロフィール経歴
それでは、竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんのプロフィール・経歴を詳しく見ていきましょう。
竹田嘉兵衛さんは1940年頃、愛知県名古屋市緑区有松に生まれました。
七代目竹田嘉兵衛の長男として生まれ、のちに慶應義塾大学商学部を卒業。
卒業後はすぐに家業を継がず、伊藤忠商事でサラリーマンとして勤務するというキャリアを歩んでいます。
大手商社での実務経験を積んだのちに有松へ戻り、2004年に八代目竹田嘉兵衛を正式に襲名。
2017年からは代表取締役会長に就任し、現在も竹田嘉兵衛商店の中心人物として伝統の継承と発信を担い続けています。
愛知県絞り工業組合理事長や全国伝統産業関連の役職なども歴任し、第1回国際絞り会議名古屋の日本実行委員としても活躍されました。
【竹田嘉兵衛さんプロフィール】
・生年:1940年頃
・出身地:愛知県名古屋市緑区有松
・学歴:慶應義塾大学商学部卒業
・職歴:伊藤忠商事 → 家業(竹田嘉兵衛商店)
・肩書:八代目竹田嘉兵衛・代表取締役会長(2017年〜)
・主な役職:愛知県絞り工業組合理事長、国際絞り会議日本実行委員ほか
大手商社を経て家業に戻るという経歴は、伝統産業の後継者として実務的な視点と経営感覚を備えた稀有な存在といえるでしょう。
続いて妹の中村俶子さんは、1943年に同じく愛知県名古屋市緑区有松町に生まれました。
幼少期は東京で過ごし、8歳の頃に有松へ戻ったそうです。
七代目竹田嘉兵衛の長女として生まれ、愛知学芸大学附属名古屋中学校・県立旭丘高等学校を経て成城大学文芸学部英文学コースを卒業しています。
その後結婚・出産(2男1女の母)を経ながら、さらに南山大学法学部と名古屋大学法学部(社会人入学)にも進学するというバイタリティあふれる人物です。
司法試験を目指したこともあるという逸話も残っており、並々ならぬ向学心を持つ女性であることがうかがえます。
1989年にはフィニッシングスクール「フェリシアカレッジ」を開校して学院長に就任。
その後、1995年に夫が死去したことをきっかけに家業に深く関わるようになり、1998年に竹田嘉兵衛商店へ正式に戻り、営業企画や催事企画を担当します。
現在は代表取締役社長として兄・嘉兵衛さんを支えながら、会社を牽引しています。
2017年には竹田家のはなれ(庄九郎邸)をリノベーションし、「庄九郎カフェ」をオープンさせるなど、伝統を守りながら現代に合わせた新たな発信にも積極的に挑戦している方です。
【中村俶子さんプロフィール】
・生年:1943年
・出身地:愛知県名古屋市緑区有松町
・学歴:
成城大学文芸学部英文学コース卒業
南山大学法学部卒業
名古屋大学法学部(社会人入学)卒業
・家族:2男1女の母
・主な経歴:
フェリシアカレッジ学院長(1989年〜)
→ 竹田嘉兵衛商店 代表取締役社長
・実績:庄九郎カフェ開業(2017年)
NPO法人コンソーシアム有松 理事長(元)
竹田嘉兵衛さんは慶應大学→伊藤忠商事を経て家業へ、中村俶子さんは3大学を卒業した才媛で現・代表取締役社長を務めるという、兄妹ともに異色の経歴の持ち主です。
竹田嘉兵衛と妹・中村俶子の家業「有松・鳴海絞り」について
次に、竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんが守り続ける家業「有松・鳴海絞り」について詳しく紹介いたします。
有松・鳴海絞り(ありまつ・なるみしぼり)とは、愛知県名古屋市緑区の有松・鳴海地域で生まれた木綿を主とした絞り染めの総称です。
布を糸でくくり、染色後に糸を解いて独特の模様を生み出す技法で、かつては100種類を超える絞り技法が考案された世界有数の絞り産地として知られています。
竹田嘉兵衛商店の歴史は慶長13年(1608年)に始まります。
有松の開拓者のひとりである竹田庄九郎が、名古屋城の築城工事で九州から来た職人の着物にヒントを得て、三河木綿に絞り技術を施した手ぬぐいを販売したことが起源とされています。
江戸時代には東海道を旅する旅人が競って購入する「街道一の名産品」として全国に知れ渡り、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵にも描かれるほどの名声を誇りました。
1975年には愛知県初の国の伝統的工芸品に指定。
2016年には「江戸時代の情緒に触れる絞りの産地 〜藍染が風にゆれる町 有松〜」として日本遺産にも認定されており、竹田家はその認定に大きく貢献しています。
【有松・鳴海絞りの代表的な技法】
・手蜘蛛絞り(てくもしぼり):
開祖・竹田庄九郎が最初に考案した古い技法
染め上がりが蜘蛛の巣状になる
・三浦絞り(みうらしぼり):
豊後(大分)から伝わった技法。きれいな模様が魅力
・鹿の子絞り(かのこしぼり):
一反に20万粒以上の細かい括りが必要な高級技法
・嵐絞り(あらししぼり):
明治時代に発明されたモダンな技法
布を棒に巻きつけて染める
・唐松絞り(からまつしぼり):
独特の松模様が浮かび上がる人気技法
中村俶子さんは「人の手のぬくもり」「にじみの立体感」「着る人を美しく見せるレフ板効果」を語り、伝統技術の魅力を積極的に国内外へ発信しています。
また2017年にオープンした「庄九郎カフェ」は、有松の観光スポットとしても注目を集めており、絞り染めの文化を身近に感じられる場として地域の活性化にも貢献しています。
有松・鳴海絞りは1608年創業の竹田嘉兵衛商店が400年以上守り続ける伝統工芸で、1975年に国の伝統的工芸品、2016年に日本遺産として認定されています。
【堀の長い大豪邸】竹田嘉兵衛と妹・中村俶子についてまとめ
ここまで竹田嘉兵衛さんと妹・中村俶子さんについて紹介してきました。
プロフィールや経歴についてwiki風に一覧にまとめたものがこちらとなります。
| 項目 | 竹田嘉兵衛 | 中村俶子 |
|---|---|---|
| 生年 | 1940年頃 | 1943年 |
| 出身地 | 愛知県名古屋市緑区有松 | 愛知県名古屋市緑区有松 |
| 学歴 | 慶應義塾大学商学部卒 | 成城大学・南山大学・名古屋大学卒 |
| 職歴 | 伊藤忠商事 → 竹田嘉兵衛商店 | フェリシアカレッジ学院長 → 竹田嘉兵衛商店 |
| 現在の肩書 | 代表取締役会長(八代目) | 代表取締役社長 |
| 家業 | 有松・鳴海絞り(竹田嘉兵衛商店・創業1608年) | |
| 豪邸 | 築約250年・約1000坪・30部屋・蔵3つ(名古屋市有形文化財) | |
テレビ番組を通じて初めてその存在を知った方も多いかと思いますが、竹田嘉兵衛さんと中村俶子さんが守る有松・鳴海絞りの世界は、400年以上の歴史と深い文化的背景を持つ日本の宝ともいえるものです。
大商社マンから家業を継いだ兄と、3つの大学を卒業した才媛の妹が力を合わせて日本の伝統文化を未来へつなぐ姿は、まさに「プラチナファミリー」の名にふさわしいと感じます。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。




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